前回の記事では、学習の成果として現れる多様な「学習のカタチ」、すなわち知識、スキル、姿勢について解説しました。今回は、複雑な知識やスキルを効果的に学習するために、その全体像を把握し、段階的に習得していくための重要な考え方である「タスク分析」と「学習階層」について解説します。
『Principles of Instructional Design』では、効果的な教育を設計するためには、学習者が最終的にどのようなことができるようになる必要があるのか(目標)を明確にするだけでなく、その目標を達成するために、どのようなステップを踏む必要があるのかを理解することが重要であると考えられています。このステップを明らかにするための手法が「タスク分析」であり、そのステップ間の関係性を整理したものが「学習階層」です。
タスク分析とは何か?
タスク分析とは、学習者が目標を達成するために必要な具体的な行動や思考の要素を細かく分析するプロセスです。たとえば、「自転車に乗れるようになる」という目標を考えてみましょう。この目標を達成するためには、「サドルに座る」「ペダルを漕ぐ」「バランスを取る」「ブレーキをかける」「方向を変える」など、さらに細かい要素的な行動が必要になります。タスク分析を行うことで、このような潜在的な要素を明確にすることができます。
『Principles of Instructional Design』では、タスク分析を行うことで、目標達成に必要な前提となる知識やスキル(前提スキル)を特定できると述べられています。自転車に乗る例であれば、「立つ」「歩く」といった基本的な運動能力が前提スキルとなるでしょう。前提スキルが不足している学習者に対しては、まずそれらを習得するためのインストラクションを設計する必要があります。
タスク分析の範囲は、設計するインストラクションの対象によって異なります。コース全体を分析する場合もあれば、個々のレッスンで習得すべき特定のスキルを分析する場合もあります。いずれにしても、タスク分析は、効果的な学習の道筋を描くための出発点となる、重要なプロセスです。
学習階層とは何か?
学習階層とは、タスク分析によって明らかになった要素的なスキルや知識を、その依存関係に基づいて階層的に整理した図です。一般的に、より基礎的で単純なスキルが階層の下位に位置し、それらのスキルを基盤として、より複雑で高度なスキルが上位に積み重ねられていきます。
『Principles of Instructional Design』では、特に知的技能の学習において、この学習階層の考え方が重要視されています。知的技能は、ルールを適用したり、問題を解決したりする能力であり、多くの場合、より基本的な概念やルールを習得していることが前提となります。
例えば、「分数のかけ算ができるようになる」という目標を達成するための学習階層を考えると、下位には「分数の意味を理解する」「分数の約分ができる」「整数の掛け算ができる」といったスキルが位置し、それらを統合することで「分数のかけ算ができる」という上位のスキルが習得できる、というように整理できます。
学習階層を作成することで、学習者はどのスキルから順に習得していくべきか、どのスキルが他のスキルの前提となっているのかを視覚的に理解することができます。これは、インストラクションの適切な順序を設計する上で非常に役立ちます。
Instructional Curriculum Map (ICM)
『Principles of Instructional Design』では、Instructional Curriculum Map (ICM) というツールも紹介されています。ICMは、コースやユニット、レッスンにおける学習目標と、それらを達成するために必要なタスクや前提スキル、さらにはそれらの間の関係性を視覚的に示したものです。
ICMを用いることで、個々の学習目標が、より大きなコースの目標の中でどのような役割を果たしているのか、また、あるスキルを習得するために、どのような知識やスキルが事前に必要となるのかを全体的に把握することができます。これは、コース全体を通して一貫性のあるインストラクションを設計するために非常に有効なツールとなります。
前提スキル(Entry Skill)の重要性
学習階層の最も下位に位置するスキル、すなわち学習者がインストラクションを開始する時点で既に持っているべきスキルは「前提スキル(entry skill)」と呼ばれます。インストラクションを設計する際には、学習者の前提スキルレベルを正確に把握することが非常に重要です。
もし、インストラクションが前提としているスキルを学習者が持っていない場合、その後の学習は困難になる可能性が高いため、必要に応じて補足的なインストラクションを提供したり、前提スキルが不足している学習者を除外したりするなどの対応が必要になります。
まとめ
今回の記事では、効果的な教育デザインにおいて重要な「タスク分析」と「学習階層」の考え方について解説しました。
- タスク分析は、学習目標を達成するために必要な具体的な行動や思考の要素を細かく分析するプロセスです。
- 学習階層は、タスク分析によって明らかになった要素的なスキルや知識を、その依存関係に基づいて階層的に整理した図です。
- Instructional Curriculum Map (ICM) は、学習目標とタスク、前提スキル間の関係性を視覚的に示すツールです。
- 前提スキルは、インストラクション開始前に学習者が持っているべき基礎的なスキルであり、インストラクション設計の重要な考慮事項です。
これらの考え方を理解し、適切に活用することで、学習者が無理なく段階的に知識やスキルを習得できるような、効果的な学びの道筋を描くことができるようになります。
次回の記事では、「学習をスムーズに進める ― 効果的な指導の順序」と題して、学習成果の種類に応じた効果的なインストラクション(指導)の順序について詳しく解説していきます。