第06回:学習をスムーズに進める ― 効果的な指導の順序

前回の記事では、複雑な知識やスキルを習得するための基礎となる「タスク分析」と、学習の段階的な構造を示す「学習階層」について解説しました。今回は、これらの分析結果をどのように活かし、効果的な指導の順序を設計するのかについて、『Principles of Instructional Design』の内容に基づき解説します。

『Principles of Instructional Design』では、学習目標を達成するために必要な知識やスキルを特定し、それらを適切な順序で提示することが、学習の効率と効果を高める上で非常に重要であると考えられています。学習内容を適切な順序で提示することで、学習者は既有の知識を基盤として、段階的に新しい知識やスキルを積み重ねていく ことができます。

学習成果の種類と指導の順序

『Principles of Instructional Design』では、学習の成果を知的技能、認知戦略、事実情報、姿勢、運動スキルの5つの主要なカテゴリーに分類しています。それぞれの学習成果の種類によって、効果的な指導の順序は異なります。

1. 知的技能(Intellectual Skills)

知的技能の学習においては、学習階層が特に重要な指針となります。学習階層は、より複雑な知的技能(上位のスキル)を習得するために、まずより基礎的で単純な知的技能(下位のスキル、前提スキル)を習得する必要があるという考え方に基づいています。

したがって、知的技能を教える際の基本的な順序は、下位のスキルから上位のスキルへと段階的に進むことです。例えば、「分数のかけ算」を教える場合、まず「分数の意味を理解する」「分数の約分ができる」「整数の掛け算ができる」といった前提スキルを習得させることが先決となります。

『Principles of Instructional Design』では、Instructional Curriculum Map (ICM) を活用して、コース全体の目標と、それを達成するために必要な知的スキル間の階層的な関係性を明確にすることが推奨されています。ICMを用いることで、個々のレッスンやユニットが、より大きな学習目標の中でどのような役割を果たし、どのような順序で学習を進めるべきかを視覚的に理解することができます.

2. 認知戦略(Cognitive Strategies)

認知戦略は、学習者自身が学習プロセスをコントロールし、より効果的に学習を進めるための能力です。認知戦略の指導においては、まず戦略そのものを明確に提示し、その適用方法を具体的に示すことが重要です。

その後、様々な状況でその戦略を練習する機会を提供し、適切なフィードバック を与えることで、学習者は戦略を習得し、自律的に活用できるようになります。例えば、記憶術(mnemonic)を教える場合、まず記憶術の種類と使い方を説明し、実際にいくつかの単語や概念を記憶する練習を行い、その効果を確認するという順序が考えられます。

3. 事実情報(Verbal Information)

事実情報、つまり事実や知識の学習においては、情報を整理し、構造化して提示することが効果的です。関連性の高い情報をまとめて提示したり、概要(advance organizer)を最初に示すことで、学習者は新しい情報を既存の知識と関連付けやすくなります。

また、リハーサル(繰り返し)や 精緻化(elaboration)を促す活動を取り入れることで、情報の長期記憶への定着を促進することができます。例えば、歴史上の出来事を年表で整理したり、重要なキーワードを定義したり、それらを用いて説明する練習などが有効です。

4. 姿勢(Attitudes)

姿勢の学習は、感情や価値観に深く関わるため、直接的な教示よりも、学習者が望ましい姿勢を観察したり、体験したりする機会を提供することが重要です。モデリング(模範となる人物の行動を観察する)や、説得的なコミュニケーション、感情的な経験を通して、学習者の姿勢を徐々に変化させていくことが考えられます。

指導の順序としては、まず学習者の注意を引きつけ、学習目標(望ましい姿勢)を明確に示し、次にモデルとなる行動を提示したり、共感的な状況を作り出すことが考えられます。その後、学習者がその姿勢に関連する行動を実践する機会を設け、適切なフィードバック を与えることで、姿勢の内面化を促します。

5. 運動技能(Motor Skills)

運動技能の学習は、練習とフィードバックが不可欠です。指導の順序としては、まず目標となる動作を明確に示し(デモンストレーション)、次に簡単な要素的な動作から練習を開始し、徐々に全体的な動作へと統合していくことが効果的です。

練習の際には、頻繁かつ具体的なフィードバック を提供し、誤りを修正しながら、より正確でスムーズな動作を目指します。また、反復練習を通して、動作の自動化を図ることも重要です。

指導の順序を設計する際の考慮事項

『Principles of Instructional Design』では、効果的な指導の順序を設計する際には、以下の点を考慮する必要があると示唆されています。

  • 学習者の前提スキル:学習者がインストラクションを開始する時点で、どの程度の知識やスキルを持っているのかを正確に把握し、不足している場合は補足的なインストラクションを提供する必要があります。
  • 学習目標の明確さ:学習目標が具体的で明確であるほど、そこに至るまでの適切なステップを設計しやすくなります。
  • 学習内容の構造:学習内容が論理的に構成され、それぞれの要素間の関係性が明確になっていることが、効果的な順序設計の基盤となります。
  • 学習者の特性:学習者の興味、関心、学習スタイルなどを考慮することで、より意欲的に学習に取り組めるような順序を設計することができます。

まとめ

今回の記事では、学習をスムーズに進めるための「効果的な指導の順序」について、『Principles of Instructional Design』に基づき、学習成果の種類ごとに解説しました。

  • 知的技能の学習では、学習階層に基づき、下位のスキルから上位のスキルへと段階的に進むことが重要です。
  • 認知戦略 の学習では、戦略の提示、練習、フィードバック の順序が効果的です。
  • 事実情報の学習では、情報の整理、構造化、リハーサルが重要です。
  • 姿勢の学習では、モデリング、体験、実践を通して内面化を促します。
  • 運動技能の学習では、デモンストレーション、要素練習、全体練習、フィードバック が重要です。

これらの原則を理解し、学習目標と学習者の特性に合わせて適切な指導の順序を設計することで、より効果的な教育を実現することができるでしょう。

次回の記事では、学習者の注意を引きつけ、学習意欲を高め、知識やスキルを定着させるための具体的なインストラクショナル・イベントについて詳しく解説していきます。

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