前回の記事では、学習者が無理なく知識やスキルを習得できるよう、効果的な指導の順序を設計する方法について解説しました。今回は、学習者の注意を引きつけ、学習意欲を高め、知識やスキルを定着させるための具体的なインストラクション(指導)の構成要素について、『Principles of Instructional Design』で提唱されている「インストラクションの9つのイベント」に基づき解説します。
ロバート・M・ガニェは、効果的な学習は一定のプロセスを経て起こると考え、『Principles of Instructional Design』の中で、そのプロセスに対応する9つの主要なインストラクショナル・イベントを提唱しました。これらのイベントを意図的にインストラクションに取り入れることで、学習者はより効果的に情報を受け取り、処理し、記憶することができるようになります。
- インストラクションの9つのイベント
- 1.注意を喚起する (Gaining Attention)
- 2.学習目標を知らせる (Informing Learners of the Objective)
- 3.事前学習を喚起させる (Stimulating Recall of Prior Learning)
- 4.興味を惹く教材を提示する (Presenting the Stimulus Material)
- 5.学習のガイダンスを与える (Providing Learning Guidance)
- 6.パフォーマンスを引き出す (Eliciting Performance)
- 7.フィードバックを与える (Providing Feedback)
- 8.パフォーマンスを評価する (Assessing Performance)
- 9.定着と適応を促進する (Enhancing Retention and Transfer)
- まとめ
インストラクションの9つのイベント
以下に、インストラクションの9つのイベントを、学習プロセスの順序に従って解説します。
1.注意を喚起する (Gaining Attention)
最初のステップは、学習者の注意を引きつけ、学習への関心を持たせる ことです。これは、学習を開始するための最初の重要なステップであり、感覚記憶への刺激の受容を確実にするために行われます。
例:興味を引く質問を投げかける、意外な事実を紹介する、視覚的に魅力的な資料を提示する。
2.学習目標を知らせる (Informing Learners of the Objective)
次に、学習者に何を学ぶのか、学習のゴールを明確に伝える ことが重要です。目標を理解することで、学習者は適切な期待感を持ち、学習の方向性を定めることができます。
例:学習目標を具体的に示す、学習することで何ができるようになるのかを説明する。
3.事前学習を喚起させる (Stimulating Recall of Prior Learning)
新しい学習を始める前に、関連する既有知識やスキルを思い出させる ことで、新しい情報と既存の知識を結びつけやすくします。これは、長期記憶からの関連情報の検索を促し、新しい学習の足場を築く上で役立ちます。
例:以前の学習内容を簡単に復習する、関連する経験について質問する。
4.興味を惹く教材を提示する (Presenting the Stimulus Material)
学習目標に対応する新しい情報や教材を、明確かつ分かりやすく提示します。概念やルールを学習する際には、多様な具体例を用いることが効果的です。提示する情報は、選択的な知覚を促すように、明確で際立っている必要があります。
例:テキスト、図表、音声、動画など、適切なメディアを用いて情報を提示する。
5.学習のガイダンスを与える (Providing Learning Guidance)
学習者が新しい情報を理解し、習得するための手がかりやヒント、導きを与えます。これには、意味的な符号化を促すような指導が含まれます。
例:具体的な例を示す、類似点と相違点を強調する、図解や構造化された情報を提供する。
6.パフォーマンスを引き出す (Eliciting Performance)
学習者が学んだ内容を実際に使ってみる機会を提供します。これにより、学習者は理解度を確認し、知識やスキルを自分のものとして定着させることができます。
例:質問に答えさせる、練習問題を解かせる、シミュレーションを行う。
7.フィードバックを与える (Providing Feedback)
学習者のパフォーマンスに対して、適切かつ具体的なフィードバック を与えます。正誤の結果だけでなく、どこが正しく、どこに改善の余地があるのかを伝えることが重要です。
例:回答の正誤を伝える、間違いを指摘し修正方法を示す、良い点を具体的に褒める。
8.パフォーマンスを評価する (Assessing Performance)
学習目標の達成度を体系的に評価します。評価の結果は、学習者の習熟度を判断するだけでなく、インストラクションの改善にも役立ちます。
例: テストを実施する、成果物を評価する、パフォーマンスを観察する。
9.定着と適応を促進する (Enhancing Retention and Transfer)
学習した内容を長期的に保持し、新しい状況でも応用できるようになる ための活動を行います。構造を理解して体系化したり、他の記憶や知識と結びつけて反復学習したり、様々な文脈で練習する機会を提供したりすることが有効です。
例: 学習内容を要約させる、異なる場面での応用例を考えさせる、類似した課題に取り組ませる。
まとめ
今回の記事では、『Principles of Instructional Design』で提唱されている「インストラクションの9つのイベント」について解説しました。これらのイベントは、効果的な学習をデザインするための基本的な枠組みを提供してくれます。インストラクションを計画する際には、これらのイベントを意識的に取り入れ、それぞれの段階で学習者の認知プロセスを効果的にサポートするように工夫することが重要です。
次回の記事では、学習目標や学習者の特性に合わせて、どのような教材や方法(メディア)を選択すべきかについて詳しく解説していきます。