第08回:最適なツールを選ぶ ― メディア選定の考え方

前回の記事では、学習者の注意を引きつけ、学習意欲を高め、知識やスキルを定着させるための「インストラクションの9つのイベント」について解説しました。今回は、インストラクションを構成する上で不可欠な要素である「メディア」の選択について焦点を当てます。『Principles of Instructional Design』では、学習目標や学習者の特性に合わせて、どのような教材や方法(メディア)を選択すべきかが重要な検討事項として挙げられています。本稿では、効果的なメディア選定のための基本的な考え方と手順を解説します。

教育デザインにおけるメディアの役割

教育デザインにおいて「メディア」という言葉は、非常に広い意味で用いられます。教師の口頭での説明や印刷されたテキストはもちろんのこと、音声やビデオのような複雑な技術を用いた教材も含まれます。重要なのは、これらのメディアが、学習に必要な情報伝達や刺激を行うための手段であるということです。

適切なメディアを選択することは、学習効果を大きく左右します。例えば、抽象的な概念を説明する際には、具体的な視覚的な資料や体験的な活動が有効かもしれません。また、手続き的なスキルを習得する際には、デモンストレーションやシミュレーションが効果的でしょう。

『Principles of Instructional Design』」では、教育デザインにおける最も重要な決定の一つは、インストラクションを構成するコミュニケーションと刺激のための媒体として、どのメディアを採用するかであると述べられています。

メディア選定の前に考慮すべき要素

メディアを選定する際には、以下の要素を総合的に考慮する必要があります。

  • 学習目標(Learning Objectives):最も重要な要素は、何を学習者に習得させたいのかという学習目標です。目標とする学習成果の種類(知的技能、認知戦略、事実情報、姿勢、運動技能)によって、最適なメディアは異なります。例えば、概念の理解を深めるためには図解や具体例が豊富なメディアが有効ですし、態度の変容を促すためにはロールモデルを示すビデオなどが考えられます。
  • 学習者の特性(Learner Characteristics):学習者の事前知識、学習スタイル、動機、能力なども考慮に入れる必要があります。例えば、視覚的な学習を好む学習者には図やイラストを多用した教材が適しているかもしれませんし、自律的な学習能力が高い学習者には、自己学習型の教材が有効でしょう。
  • 学習の状況(Learning Situation):学習環境(教室、オンラインなど)、利用可能な設備、時間的な制約などもメディア選定に影響を与えます。例えば、オンライン学習であれば、動画やインタラクティブな教材が活用しやすいですが、印刷教材が中心となる環境では、それに応じたメディアを選択する必要があります。
  • 学習成果の種類(Type of Learning Outcome):『Principles of Instructional Design』では、学習成果を5つのカテゴリーに分類しており、それぞれのカテゴリーの学習に最適なメディアの特性が議論されています。
    • 知的技能:具体的な例や練習問題を提供できるメディア
    • 認知戦略:戦略のデモンストレーションや、適用場面の提示に適したメディア
    • 事実情報:テキスト、講義など、言葉による情報伝達が可能なメディア
    • 姿勢:モデリングや説得力のあるメッセージを伝えられるメディア
    • 運動技能:デモンストレーションや反復練習を支援できるメディア
  • 実用的な要因(Practical Factors):予算、時間、人的資源、利用可能性、使いやすさ、費用対効果など、現実的な制約も考慮する必要があります。

メディア選定の方法

『Principles of Instructional Design』では、体系的なメディア選定の手順が示唆されています。

  1. 学習目標を明確にする:まず、何を学習者に達成させたいのかを具体的に定義します。
  2. 学習成果の種類を特定する:学習目標がどの学習成果のカテゴリーに該当するのかを分類します。
  3. 学習状況と学習者の特性を分析する:学習環境や学習者の事前知識や特性を把握します。
  4. 各学習成果の種類に適したメディアの特性を検討する:学習成果の種類に応じて、どのようなメディアが効果的であるかを検討します。
  5. 実用的な要因を考慮してメディアを絞り込む:利用可能な資源や制約を考慮しながら、候補となるメディアを絞り込みます。
  6. メディアを試用・評価する:可能であれば、選定したメディアを実際に試用し、学習効果や使いやすさを評価します。

『Principles of Instructional Design』では、メディア選定のモデルはきめ細かく分析的であるとされ、学習効果を確保することを目的としたメディア決定に重点が置かれています。

メディア選定における注意点

  • メディアは目的ではなく手段である:メディアの選択は、あくまで学習目標達成のための手段です。最新の技術や魅力的なデザインのメディアが、必ずしも学習効果を高めるとは限りません。
  • 複数のメディアを組み合わせる:単一のメディアだけでなく、複数のメディアを効果的に組み合わせることで、より多様な学習ニーズに対応できる場合があります。
  • 学習者の主体性を尊重する:学習者自身がメディアを選択できる余地を残したり、多様なメディアを提供したりすることで、学習意欲を高めることができます。

まとめ

今回の記事では、教育デザインにおけるメディア選定の基本的な考え方と、その際に考慮すべき要素について解説しました。効果的なメディア選定は、学習目標の達成と学習効果の最大化に不可欠です。『Principles of Instructional Design』で示されている原則を踏まえ、学習目標、学習者、学習状況、そして実用的な要因を総合的に考慮することで、最適なメディアを選択し、より質の高い学習体験をデザインすることができるでしょう。

次回の記事では、これまでの連載で学んだ知識を活かし、具体的なレッスンプランを作成する方法について解説していきます。

関連記事