これまでの連載では、教育デザインの基本的な考え方、学習のしくみ、学習目標の立て方、多様な学習のカタチ、タスク分析と学習階層、効果的な指導の順序、そして学習を活性化するインストラクションの9つのイベント、最適なメディアを選ぶ考え方 について解説してきました。今回は、いよいよこれらの知識を統合し、具体的な「レッスンプラン」を作成する方法について解説します。
『Principles of Instructional Design』では、効果的なインストラクションは計画的であると強調されており、その具体的な表れの一つが、綿密に設計されたレッスンプランです。レッスンプランは、学習目標を達成するための道筋を示す地図のような役割を果たし、指導者(インストラクター)が意図した学びを学習者に提供するための重要なツールとなります。
なぜレッスンプランが必要なのか?
レッスンプランは、単に授業の流れを書き出したものではありません。それは、学習目標を明確にし、学習者の特性を考慮し、最適な指導方法と教材(メディア)を選び 、そして学習成果を評価する方法までを見据えた 、総合的な設計図なのです。
『Principles of Instructional Design』では、レッスンは、より大きな設計であるトピック(コースの一部)の一部であり、このトピックはさらに包括的なコースまたはカリキュラムの設計の一部を構成すると述べられています。つまり、個々のレッスンは、より大きな学習目標の達成に向けた、有機的な一部として位置づけられる必要があるのです。
効果的なレッスンプランを作成することで、以下のような効果が期待できます。
- 学習目標への焦点化:何を学習者に身につけてほしいのかが明確になり、指導内容が目標から逸れるのを防ぎます。
- 効果的な指導の実現:学習内容を適切な順序で提示し、インストラクションの9のイベントを効果的に組み込むことで、学習者の理解と定着を促進します。
- 適切なメディアの活用:学習目標や学習者の特性に合わせて、最適なメディアを選択し、効果的に活用することができます 。
- 学習評価の円滑化:学習目標に基づいた評価方法を事前に検討しておくことで、学習成果を客観的に測定し、指導の改善に繋げることができます 。
- 教育者の自信と準備:事前にしっかりと計画を立てることで、教育者は自信を持って指導に臨むことができ、予期せぬ事態にも柔軟に対応しやすくなります。
効果的なレッスンプランを構成する要素
『Principles of Instructional Design』では、効果的なレッスンプランには、以下の要素が含まれることが重要であると考えられています。
- 明確な学習目標:レッスンの冒頭で、学習者が何を学べるようになるのかを具体的に提示します。以前の連載で解説したように、具体的で測定可能な目標であることが望ましいです。また、学習目標が、知的技能、認知戦略、事実情報、姿勢、運動技能のどのカテゴリーに属するのかを意識することも重要です。
- 指導の順序:学習目標を達成するために、どのような順序で学習内容を提示していくのかを計画します。特に、知的技能の学習においては、学習階層を考慮し、前提となるスキルから段階的に学習を進めることが効果的です。また、新しい情報を提示する前に、関連する既有知識を想起させることも重要です。
- インストラクションのイベントの組み込み:第07回で解説したインストラクションの9つのイベントを、レッスンの各段階に意図的に組み込みます。例えば、学習者の注意を引きつけ 、学習目標を知らせ 、先事前学習を喚起させたり、学習のガイダンスを提供したり 、学習者のパフォーマンスを引き出し 、フィードバックを与える など、各イベントが学習プロセスを効果的にサポートするように設計します。
- メディア、教材、活動の選択と活用:学習目標、学習者の特性、利用可能なリソースなどを考慮し、最適なメディアと教材を選択 し、それらを活用した学習活動を具体的に計画します 。講義、ディスカッション、グループワーク、演習、視聴覚教材の利用など、多様な活動を取り入れることで、学習者の関与を促し、理解を深めます。
- 学習評価の方法:レッスンの最後に、学習者が目標を達成できたかどうかを評価する方法を計画します 。形成的評価(学習の途中で行う評価)と総括的評価(学習の最後にまとめて行う評価)の目的と方法を検討し、適切な評価方法を選択します。
- 時間配分:レッスン全体の時間と、各活動に費やす時間を適切に配分します。学習者の集中力や活動の性質を考慮し、無理のない計画を立てることが重要です。
レッスンプラン作成のステップ
『Principles of Instructional Design』の第12章では、個々のレッスンを設計するための手順が示唆されています。以下にその概要を示します。
- 学習目標の明確化と分類:まず、そのレッスンの主要な学習目標を明確に記述し、それが知的技能、認知戦略、事実情報、姿勢、運動技能のどのカテゴリーに属するのかを特定します。
- インストラクションのイベントのリスト化::その学習目標を達成するために、どのようなインストラクションのイベントを展開する必要があるかをリストアップします。
- メディア、教材、活動の特定:各イベントにおいて、どのようなメディア、教材、学習活動 を使用するかを具体的に決定し、リスト化します。
- 学習内容と指導手順の記述:各イベントにおける教師の発言や学習者の活動、使用する教材などを具体的に記述します。
- 評価方法の検討:学習目標の達成度を評価するための方法(観察、課題、テストなど)を検討し、必要であればレッスンプランに記述します。
複数の学習目標に対応するレッスンプラン
一つのレッスンで複数の学習目標を扱う場合もあります。『Principles of Instructional Design』では、このような場合に、目標間の機能的な関係性を考慮し、インストラクショナル・カリキュラム・マップ(ICM) などを活用して、学習の順序や各目標の位置づけを明確にすることが推奨されています。また、目標/時間軸マトリクスを用いて、複数の目標に対するインストラクションのイベントと時間配分を視覚的に管理する方法も紹介されています。
例えば、性染色体の遺伝に関するレッスン では、
- 性染色体上の遺伝子で伝わる形質を特定する(知的技能)
- 性染色体の遺伝の仕組みを説明する(事実情報)
- プネットの正方格を用いて遺伝のパターンを示す(知的技能)
といった複数の目標が組み合わされることがあります。このような場合、それぞれの目標に対応するインストラクションのイベントを適切に配置し、関連する情報をまとめて提示するなど、効率的な指導が求められます。
まとめ
効果的なレッスンプランは、教育デザインにおける重要な成果物であり、学習目標の達成を支援するための羅針盤と言えます。学習目標を明確にし、学習のしくみや多様な学習のカタチ、インストラクションのイベント、メディアの特性などを考慮しながら、段階的にレッスンプランを作成していくことで、より質の高い学習体験を学習者に提供することができるでしょう。『Principles of Instructional Design』で示されている原則を踏まえ、次回の学習評価に関する内容へと繋げていきましょう。