前回の記事では、学習がどのように成立するのか、記憶と理解のプロセスについて解説しました。今回は、教育デザインにおいて非常に重要なステップである「学習目標」の立て方に焦点を当てていきます。効果的な教育を行うためには、まず「何を学習者に身につけてほしいのか」というゴールを明確に定める必要があるのです。
なぜ学習目標が重要なのか?
私たちがどこかへ向かう際に、目的地を決めずに歩き出すことはほとんどないでしょう。それと同じように、教育においても、明確な到達点(学習目標)を設定すること は、効果的な学びの道筋を示す上で不可欠です。
『Principles of Instructional Design』では、設計されたインストラクションの望ましい成果が明確かつ曖昧さなく記述されていることが本質的であると述べられています。学習目標が明確であれば、指導者(インストラクター)はどのような指導を行うべきか、どのような教材を選ぶべきかを適切に判断できます。また、学習者自身も、何を学ぶべきなのか、どこを目指すべきなのかを理解しやすくなり、学習へのモチベーションを高めることができます。
明確な学習目標は、学習の成果を評価するための基準となります。目標が具体的であればあるほど、学習者がその目標を達成できたかどうかを客観的に判断することが可能になります。
学習目標を構成する要素
では、具体的で効果的な学習目標はどのように立てれば良いのでしょうか。『Principles of Instructional Design』では、明確な学習目標(performance objective)は、次の5つの要素を含むことが推奨されています。これらの要素を意識することで、曖昧さを避け、意図する学習成果を正確に伝えることができます。
- 学習タイプによる目標の分類(Classification of Objectives by Learning Type)
学習目標は、どのような種類の学習成果を目指すのかを示す必要があります。次回の記事で改めて触れますが、学習成果は 知的スキル、認知戦略、言語情報、態度、運動スキル の5つの主要なカテゴリーに分類できます。目標を立てる際には、これらのうちどのカテゴリーに属する学習成果を目指すのかを意識することが重要です。例えば、「日本の首都を言えるようになる」という目標であれば「言語情報」に、「与えられた問題を解くための適切な手順を考えられるようになる」であれば「知的スキル」や「認知戦略」に分類されます。 - 学習結果としてのパフォーマンス(The Performance to be Acquired as a Result of Learning)
学習の結果、学習者が具体的にどのような行動をとれるようになるのかを記述します。単に「理解する」「知る」といった曖昧な表現ではなく、「〜を特定できる」「〜を説明できる」「〜を実行できる」のように、観察可能な行動で記述することが重要です。例えば、「日本の歴史について理解する」ではなく、「日本の主要な出来事を年代順に説明できる」のように記述します。 - 学習の前提で必要な内部条件(The Internal Conditions that Need to be Present for Learning to Occur)
これは、学習者が新しいことを学ぶために前提として持っている必要のある知識やスキルを指します。例えば、分数の足し算を学ぶためには、整数の足し算の知識が前提となります。インストラクターは、学習者の出発点を把握し、必要に応じて前提となる知識やスキルを事前に確認したり、提供したりする必要があります。 - 学習の前提で必要な外部条件(The External Conditions that Bring Essential Stimulation to Bear Upon the Learner)
これは、学習を促すためにインストラクターや教材が提供する刺激や状況を指します。例えば、「〜を与えられたとき」「〜を用いて」といった形で、学習者がパフォーマンスを発揮する際の状況や利用できるリソースを記述します。例:「教科書の図を見て、人体の骨の名称を3つ以上挙げられる」。ここでは「教科書の図を見て」が外部条件となります。 - パフォーマンスレベルの基準(The Criteria of Acceptable Performance)
学習者のパフォーマンスがどの程度であれば目標を達成したとみなせるのか、合格の基準を示します。例えば、「〜を80%以上の正答率で」「〜を3分以内に正確に」といった具体的な基準を設定することで、評価の客観性を高めることができます。例:「提示された5つの骨の図のうち、4つ以上の名称を正しく言える」。
具体的な学習目標の例
これらの要素を踏まえて、具体的な学習目標の例を見てみましょう。
- 目標: 地図を見て、主要な都道府県を5つ以上特定できる。
- 学習する内容の分類: 言語情報(地名)
- 獲得されるべきパフォーマンス: 特定できる
- 外部条件: 地図を見て
- パフォーマンスレベルの基準: 5つ以上
この目標は、学習者が地図という外部条件の下で、都道府県という言語情報を特定するというパフォーマンスを、5つ以上という基準で達成することを明確に示しています。
学習目標設定の留意点
学習目標を設定する際には、以下の点に留意することが望ましいです。
- 具体的であること: 誰が見ても解釈が分かれないほど具体的に記述する。
- 測定可能であること: 学習者の達成度を何らかの方法で測定できること。
- 達成可能であること: 学習者の能力や学習時間などを考慮し、現実的に達成可能な目標を設定する。
- 関連性があること: カリキュラムやコース全体の目標と整合性が取れていること。
- 時間制約があること(必要に応じて): いつまでに目標を達成すべきかを明確にする。
まとめ
今回は、効果的な教育デザインの根幹となる学習目標の立て方について解説しました。明確な学習目標を設定することは、教育の方向性を定め、学習者の学びを効果的にサポートするための第一歩です。『Principles of Instructional Design』で提唱されている5つの要素を意識しながら、具体的で測定可能な学習目標を設定することで、より良い教育デザインへと繋げていきましょう。
次回の記事では、学習成果の様々な種類とその特性について詳しく解説していきます。