現代日本の学校教師が抱える悩み:ランキングと深層分析

1. はじめに

学校教師は、社会の根幹をなす教育システムにおいて極めて重要な役割を担っています。次世代を育成するという使命感のもと、日々の教育活動に尽力していますが、現代社会の急速な変化に伴い、教師が直面する課題は複雑化し、その負担は増大しています1。社会構造の変動に対応しながら、高度な専門知識・技能を習得し、常に教育内容を刷新していくことが求められる一方で、家庭や地域社会の教育力の低下を背景に、学校や教師に対する期待は高まるばかりです1。本報告書は、現代日本の学校教師が抱える主要な悩みを、現存する調査データに基づきランキング形式で提示し、その背景にある要因を深掘りすることで、教育現場が直面する課題の本質を明らかにすることを目的とします。

2. 多岐にわたる教師の業務負担

学校教師の仕事は、単に授業を行うだけではありません。児童生徒の成長をサポートするため、多岐にわたる業務を日々こなしています 2。一般的な中学校教師の一日のスケジュールを見ると、登校指導から始まり、職員会議、授業準備、事務作業、給食指導、清掃指導、部活動指導、委員会活動、学校行事の準備、進路指導、保護者懇談会など、その業務範囲は広範にわたります 4。小学校教員の場合も、国語、算数といった主要教科に加え、体育、音楽、図画工作、道徳、総合的な学習の時間、特別活動など、担任として多岐にわたる科目を指導します 2。これらの業務に時間を費やすことで、教師は児童生徒一人ひとりに寄り添う時間を十分に確保することが難しくなり、疲弊感や悩みにつながっています 4。OECDの調査によると、日本の中学校教員の課外活動時間は参加国平均の3倍以上、事務業務時間は小中学校ともに約2倍となっており、日本の教師の業務量の多さが際立っています 4。授業時間外にも、授業準備、テスト採点、資料作成、行事の準備、地域活動、保護者対応など、多くの業務をこなす必要があり、長時間労働や休日出勤が常態化している現状がうかがえます 4

3. 現代日本の学校教師が抱える悩みランキング

教師が日々の業務でどのようなことに負担を感じ、悩みを抱えているのかを具体的に把握するため、複数の調査結果を分析しました。その結果、現代日本の学校教師が抱える主な悩みは以下の通りにランク付けできます。

順位 ストレスの原因 全体の割合(%)
1 事務的な業務が多すぎること 57.2
2 保護者の懸念に対応すること 45.6
3 児童生徒の学力に対して責任を負っていること 41.4
4 国、地方自治体からの要求の変化に対応すること 38.8
5 学級の規律を保つこと 35.6
6 特別な支援を要する児童生徒のために授業を適応させること 28.6
7 多大な授業準備があること 28.6
8 採点業務が多すぎること 28.4
9 授業の数が多すぎること 26.0
10 教員の欠勤による追加的な業務があること 18.4

このランキングは、2018年のTALIS(Teaching and Learning International Survey)調査に基づいたものですが4、2024年の別の調査では「教員の過労」が日本の教育における問題点の第1位に挙げられており6、依然として業務負担の大きさが教師にとって深刻な悩みであることが示唆されています。

4. 主要な悩みの深層分析

4.1 過剰な業務負担と長時間労働

上記ランキングで上位を占める「事務的な業務が多すぎること」や「多大な授業準備があること」、「採点業務が多すぎること」などは、教師の過剰な業務負担と長時間労働の実態を如実に示しています 4。教師は、授業を行うだけでなく、生徒の成績評価、指導計画の作成、学校行事の準備、校内会議への参加、保護者との連絡など、多岐にわたる業務をこなす必要があります 4。特に、国や教育委員会からの調査やアンケートへの対応は、管理職だけでなく現場の教員にとっても大きな負担となっています 5。教員不足が深刻化している現状では、一人当たりの業務量が増加し、残業や休日出勤も常態化しており、教師は本来注力すべき授業の準備や生徒とのコミュニケーションに十分な時間を割くことが難しくなっています 8。教育職員に対し時間外勤務を命じることができるのは、校外実習、修学旅行、職員会議、非常災害時など、限定的な場合に限られていますが 11、実際には多くの教師がこれらの枠を超えて長時間労働を強いられています。このような過酷な労働環境は、教師の心身の健康を損なうだけでなく、教育の質の低下にもつながる可能性があります 6

4.2 保護者対応

「保護者の懸念に対応すること」が2位にランクインしていることからもわかるように、保護者対応は現代の教師にとって大きな負担となっています 4。都市化や核家族化の進行により、家庭や地域社会の教育力が低下する中で、学校や教師に対する期待は高まっており、子どもの基本的な生活習慣の育成から学力向上まで、幅広い要求が寄せられています 1。保護者の中には、教育成果を可視化することを強く求める傾向もあり、教師はこれらの期待に応えるためのプレッシャーを感じています 1。また、保護者からの苦情や要望も多様化・複雑化しており、その対応に多くの時間と労力を費やすことが少なくありません 16。保護者との連携は子どもの成長にとって重要ですが、教師と保護者の間で子どもの状況認識や課題意識にずれが生じることもあり、円滑なコミュニケーションが難しいケースも存在します 18。一部には、過度な要求や理不尽なクレームを行う保護者もおり、教師は精神的な疲弊を感じています 13

4.3 多様な生徒への対応

現代の学校現場では、生徒の多様化が進んでおり、教師は一人ひとりのニーズに合わせたきめ細やかな指導を行うことが求められています 1。ランキング6位の「特別な支援を要する児童生徒のために授業を適応させること」は、この課題の重要性を示しています 4。学習障害(LD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、高機能自閉症などの発達障害を持つ生徒や、いじめ、不登校、暴力行為といった問題を抱える生徒への対応は、教師にとって専門的な知識とスキルが必要であり、大きな負担となっています 1。特別支援学級に在籍する児童生徒数は年々増加しており 20、障害の重度化・重複化も進んでいます 21。インクルーシブ教育の推進も求められる中で、通常の学級に在籍する発達障害を持つ可能性のある生徒への適切な支援も課題となっています 23。さらに、生徒の学ぶ意欲や学力、気力の低下、社会性やコミュニケーション能力の不足といった課題も指摘されており 1、教師はこれらの多様なニーズに対応するために、常に自身の指導方法を工夫し、学び続ける必要があります。

4.4 教員不足とその影響

近年、日本では教員不足が深刻化しており、教育現場に様々な影響を及ぼしています 8。教員を志望する人の減少、産休や育休を取得する教員の増加、特別支援学級の増加などが教員不足の要因として挙げられます 8。特に地方の学校では、後任の教員確保が困難な状況が顕著です 26。教員が不足すると、既存の教員一人当たりの負担が増加し、授業準備や生徒とのコミュニケーションに時間を割くことができなくなり、教育の質の低下につながる恐れがあります 9。また、教科によっては専門の教員が不在となり、授業が実施できないといった事態も発生しています 15。常にギリギリの教員数で運営している学校では、急な欠員が出た場合に補充が難しく、他の教員がその穴を埋めざるを得ない状況も常態化しています 10。教員不足は、生徒の学習機会の損失だけでなく、教員のモチベーション低下や学校運営の混乱にもつながる深刻な問題です 25

4.5 教師の精神的な健康

過剰な業務負担、保護者対応、多様な生徒への対応、教員不足といった様々な要因が複合的に作用し、現代の学校教師は高いレベルのストレスに晒されています 6。文部科学省の調査によると、公立の幼稚園、小・中・高校教員が病気で離職した理由の約66%が精神疾患によるものです 4。長時間労働やプレッシャー、人間関係の悩みなどが積み重なり、心身の疲労が蓄積することで、うつ病や適応障害といった精神疾患を発症する教師も少なくありません 12。体調が悪くても休みにくいと感じる教師も多く 13、仕事が忙しすぎて仕事だけの生活になっていると感じる人もいます 13。教師の精神的な健康問題は、個人の問題に留まらず、教育の質の維持という観点からも深刻な課題です。

5. 新たな課題と背景要因

5.1 ICTの導入と新たな教育への対応

近年、教育現場ではICT(情報通信技術)の活用が急速に進んでいます 12。GIGAスクール構想により、全国の小中学校で一人一台の学習用端末と高速ネットワーク環境が整備されましたが 12、多くの教師がICT活用指導力に課題を抱えており、ICT機器の操作に不慣れな教師も少なくありません 12。効果的なICT活用方法の習得や、導入するツールの選定、指導方法の策定など、教師は新たなスキルを身につけ、変化の激しい社会情勢やテクノロジーのアップデートに対応していく必要があります 12。また、生成AIの登場など、新たな技術への適切な対応も求められており、教師の負担は増大しています 12

5.2 社会的信頼の揺らぎ

かつては社会的に尊敬されていた教師という職業ですが、近年、その信頼は揺らいでいると言わざるを得ません 1。一部の教師による不祥事や、子どもの理解不足、情熱や使命感の低下などが指摘されており 1、これらの問題は、たとえ一部の教員の問題であっても、保護者や国民の厳しい批判の対象となり、教師全体に対する社会の信頼を損なう要因となっています 1。社会からの厳しい目に晒されることで、心身ともに疲弊している教師も多く 15、教職に対する魅力を低下させる一因となっています 26

5.3 職場環境と同僚性

教師が本来の職務である教科指導や生徒指導に集中するためには、同僚との連携や協力が不可欠ですが、近年、教師間の同僚性が希薄化しているという指摘もあります 1。学校規模の縮小などにより、学年主任などが他の教師を指導する機能が低下しているケースもあり、学校全体としての学習コミュニティ(同僚性)が十分に機能していない可能性があります 1。また、職場内の人間関係に悩む教師もおり 13、孤立感を感じながら仕事をしている教師も少なくありません 7

6. 結論と提言

本報告書では、現代日本の学校教師が抱える悩みをランキング形式で示し、その背景にある要因を詳細に分析しました。その結果、教師は過剰な業務負担、保護者対応、多様な生徒への対応、教員不足、精神的な健康問題など、多岐にわたる深刻な課題に直面していることが明らかになりました。これらの課題は相互に複雑に絡み合っており、単一の解決策で対応することは困難です。

これらの課題に対処し、教師が本来の使命である教育活動に専念できる環境を整備するために、以下の提言を行います。

  • 教員の業務負担軽減: 事務作業の効率化、部活動の地域移行の推進 15、サポートスタッフの増員などを通じて、教師が授業準備や生徒とのコミュニケーションに時間を割けるようにする必要があります。
  • 保護者との連携強化と負担軽減: 学校と保護者間の情報共有の促進、対話の機会の創設 17、保護者からの過度な要求や理不尽なクレームに対する明確な対応策の策定が必要です。
  • 多様な生徒への支援体制の充実: 特別支援教育に関する専門知識を持つ教員の育成と配置 20、インクルーシブ教育を推進するための研修の実施、いじめ防止のための組織的な取り組みの強化が求められます 12
  • 教員不足の解消: 教員採用の広報活動の強化、給与水準の改善 26、働きがいのある魅力的な職場環境の整備を通じて、教員志望者を増やす必要があります。
  • 教師のメンタルヘルス支援: 相談窓口の設置やカウンセリング体制の充実 19、ストレス軽減のための研修やワークショップの実施、学校全体で教師の心身の健康をサポートする文化の醸成が重要です。
  • ICT活用能力の向上支援: 教員向けのICT研修の充実、ICT支援員の配置、教材やツールの整備を通じて、教師がICTを効果的に活用できるよう支援する必要があります 12
  • 社会からの信頼回復: 教師の仕事の価値や貢献を社会に広く発信し、教師に対する敬意と理解を深めるための取り組みが必要です。
  • 学校内における同僚性の向上: 教員間のコミュニケーションを促進する機会の創設、チームワークを重視する学校文化の醸成、管理職によるサポート体制の強化が求められます 15

これらの提言を実行することで、教師が抱える課題を軽減し、より質の高い教育を提供できる環境を整備することが期待されます。教師が安心して職務に取り組める社会の実現こそが、未来を担う子どもたちの健全な成長に不可欠であると言えるでしょう。


引用文献

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  2. 教員の仕事・業務内容とは?一日の流れと教員になるための方法を紹介 | 教員採用試験, 3月 30, 2025にアクセス、 https://www.agaroot.jp/kyoin/column/teacher/
  3. 教員(学校の先生)ってどんなお仕事?|教員の仕事内容や役割・業務内容についてご紹介! – 学校教員のサクシード, 3月 30, 2025にアクセス、 https://www.gakkou-kyouin.jp/column/naritai/kyouin_job1/
  4. 教員の悩みランキングTOP10!あるある原因や辞める前に考えるべきこと, 3月 30, 2025にアクセス、 https://manabi.mobi/kyoin/kyoin-nayami/
  5. 世界一多忙な日本の先生が一番負担に感じていること-本務の子どもの指導に集中できない原因とは? | Eduwell Journal, 3月 30, 2025にアクセス、 https://eduwell.jp/article/world-busiest-teachers-japan-feel-most-burdened-causes-inability-concentrate-teaching-children/
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  10. 教員不足の現状は?その原因と解決策を元教諭が解説 – ベネッセ教育情報, 3月 30, 2025にアクセス、 https://benesse.jp/educational_terms/27.html
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  15. 教師の気になる将来性は?現状や教師が身に付けるべきスキルも紹介 – スタンバイplus(プラス)|仕事探しに新たな視点と選択肢をプラスする, 3月 30, 2025にアクセス、 https://jp.stanby.com/magazine/entry/230811
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