第03回:第7版の革新 ― プロセスから原則へ

前回の記事では、現代のプロジェクトマネジメントにおける重要な指針である『PMBOK®ガイド第7版』の概要と、過去の版からの大きな変化について解説しました。

今回は、最新の第7版の核心に迫ります。特に、プロセスベースから原則ベースへの移行、そして新たに導入された12のプロジェクトマネジメント原則と8つのプロジェクトパフォーマンスドメインに焦点を当て、これらがどのようにプロジェクトの成功に貢献するのかを解説します。

プロセスから原則へ

『PMBOK®ガイド』の歴史において、第7版は最も大きな転換期を迎えたと言えるでしょう。従来の版では、プロジェクトマネジメントを効率的に行うための一連のプロセスが詳細に記述されていました。これらのプロセスは、プロジェクトの開始から完了までの各段階で、どのような活動を行い、どのような成果物を作成すべきかを示していました。

しかし、現代のプロジェクトを取り巻く環境は、技術の急速な進歩、市場の目まぐるしい変化、そして多様な開発アプローチの登場によって、より複雑で予測不可能なものになっています。そのため、画一的なプロセスだけでは、あらゆるプロジェクトの状況に対応することが難しくなってきました。

このような背景を踏まえ、第7版では、プロジェクトマネジメントの核となる原則に焦点を当てるようになりました。原則とは、普遍的に適用できる基本的な規範、真理、または価値観のことです。プロセスが具体的な「やり方」を示すのに対し、原則は「考え方」や「行動指針」を示します。原則に基づいて考えることで、プロジェクトチームはそれぞれの状況に合わせて、柔軟かつ効果的にプロジェクトを進めることができるようになります。

この原則ベースへの移行は、プロジェクトマネジメントが、単に計画通りに deliverables(成果物)を作り上げるだけでなく、より重要なoutcomes(成果)、そして最終的なvalue(価値)の提供に焦点を当てるためでもあります。

「プロジェクトマネジメント標準」としての12の原則

第7版では「プロジェクトマネジメント標準」として、12のプロジェクトマネジメント原則が提示されています。以下にその概要を確認しておきましょう。

  1. 勤勉、敬意、配慮を持ったスチュワード1となる(Be a diligent, respectful, and caring steward):
    プロジェクトの活動を誠実に、注意深く、信頼性をもって実行し、倫理的な行動を心がけること。プロジェクトの財務的、社会的、環境的な影響を幅広く考慮する責任感を持つこと。
  2. 協調的なプロジェクトチーム環境を構築する(Create a collaborative project team environment):
    チームメンバーがお互いを尊重し、信頼し、協力し合える環境を作り出すこと。責任とアカウンタビリティを共有し、円滑なコミュニケーションを促進すること。
  3. ステークホルダーと適切に関わる(Effectively engage with stakeholders):
    プロジェクトに影響を与えたり、影響を受けたりする可能性のある個人、グループ、組織(ステークホルダー)を積極的に特定し、彼らのニーズや期待を理解し、適切に関与すること。
  4. 価値に焦点を当てる(Focus on value):
    プロジェクトの目的は価値の創造であることを常に意識し、プロジェクトの意思決定や活動が、いかに価値の実現に貢献するかを重視すること。
  5. システムの相互作用を認識、評価、対応する(Recognize, evaluate, and respond to system interactions):
    プロジェクトを、内部の構成要素だけでなく、より大きなシステム(プログラムやポートフォリオ、組織全体など)の一部として捉え、それらの相互作用を理解し、適切に対応すること。
  6. リーダーシップを示す(Demonstrate leadership behaviors):
    状況に応じた適切なリーダーシップを発揮し、チームを鼓舞し、導き、支援すること。権限委譲やサーバントリーダーシップ2などの考え方も重要。
  7. 状況に応じてテーラリング3する(Tailor based on context):
    プロジェクトの目標、ステークホルダー、ガバナンス、および環境に合わせて、プロジェクトマネジメントのアプローチやプロセスを意図的に調整すること。
  8. プロセスと成果物に品質を組み込む(Build quality into processes and deliverables):
    プロジェクトのプロセス全体を通して品質を意識し、計画、実行、監視の各段階で品質を確保するための活動を行うこと。成果物だけでなく、それを生み出すプロセスにも品質を組み込むことが重要。
  9. 複雑さに対処する(Navigate complexity):
    プロジェクトを取り巻く様々な複雑な要素(技術、人間関係、システムなど)を理解し、それらに適切に対応するための知識やスキルを習得し、活用すること。
  10. リスク対応を最適化する(Optimize risk responses):
    プロジェクト目標に影響を与える可能性のある不確実な事象(リスク)を特定、評価し、それらに効果的に対応するための計画を立て、実行すること。リスクを最小化するだけでなく、機会を最大化することも含みます。
  11. 適応性と回復力を持つ(Embrace adaptability and resiliency):
    変化や予期せぬ出来事に対して柔軟に適応し、困難な状況から回復する能力(レジリエンス)を持つこと。
  12. 将来のあるべき姿を実現するために変革を可能にする(Enable change to achieve the envisioned future state):
    プロジェクトが目指す将来の状態を実現するために、必要な変更を円滑に進めるためのプロセスやコミュニケーションを確立すること。

「PMBOK ガイド」の主要要素:8つのパフォーマンスドメイン

プロジェクトパフォーマンスドメインとは、プロジェクトの成果を効果的に実現するために不可欠な、相互に関連し合う活動のグループのことです。第7版では、次の8つのパフォーマンスドメインが定義されています。

  1. ステークホルダー(Stakeholders):
    プロジェクトに影響を与えたり、影響を受けたりする可能性のある個人、グループ、組織との関わり合い。
  2. チーム(Team):
    プロジェクトの作業を実行する人々。
  3. 開発アプローチとライフサイクル(Development Approach and Life Cycle):
    プロジェクトの成果物を創造し、進化させるために採用する手法と、プロジェクトの段階。
  4. 計画(Planning):
    プロジェクトの作業を組織化し、詳細化し、調整すること。
  5. プロジェクト作業(Project Work):
    プロジェクトの計画された作業を実行し、プロジェクトの成果物を管理すること。
  6. デリバリー(Delivery):
    プロジェクトの成果物を顧客やエンドユーザーに提供し、価値を実現すること。
  7. 測定(Measurement):
    プロジェクトのパフォーマンスを評価し、必要な情報を提供すること。
  8. 不確実性(Uncertainty):
    プロジェクトに影響を与える可能性のあるリスクや曖昧さに対処すること。

これらのパフォーマンスドメインにおける活動は、12の原則によって導かれます。例えば「ステークホルダーと効果的に関与せよ」という原則は、「ステークホルダー」パフォーマンスドメインにおけるステークホルダーの特定、分析、エンゲージメント戦略の策定といった活動を方向づけます。また、「価値に焦点を当てよ」という原則は、「デリバリー」パフォーマンスドメインにおける価値の測定や実現、そして「測定」パフォーマンスドメインにおける価値に関連する指標のモニタリングといった活動の重要性を強調します。

知識エリアからパフォーマンスドメインへ

従来の『PMBOK®ガイド』では、「統合」「スコープ」「スケジュール」「コスト」「品質」「資源」「コミュニケーション」「リスク」「調達」「ステークホルダー」という10の知識エリアがプロジェクトマネジメントの知識を体系化していました。これらの知識エリアは、特定の専門領域に焦点を当てていましたが、実際のプロジェクトでは、これらの知識が相互に影響し合いながら機能します。

第7版で導入されたパフォーマンスドメインは、この10の知識エリアに代えて、相互に関連し合う活動のグループとして、よりシステム思考4に基づいたプロジェクトマネジメントの実態を捉えようとしています。これにより、プロジェクトチームは、個々の知識エリアの活動を断片的に行うのではなく、プロジェクト全体としての成果を意識しながら、より統合的に活動を進めることができるようになります。

まとめ

今回の記事では『PMBOK®ガイド第7版』におけるプロセスから原則への移行、そして12のプロジェクトマネジメント原則と8つのプロジェクトパフォーマンスドメインの概要と、それらの間の重要な関連性について解説しました。特に、「プロジェクトマネジメント標準」として提示される12の原則が、「PMBOK ガイド」で解説される8つのパフォーマンスドメインにおける活動を導くという関係性は、第7版を理解する上で非常に重要です。

次回の記事では、12のプロジェクトマネジメント原則の一つひとつをより深く掘り下げ、その基本的な考え方と実際のプロジェクトにおける適用例を具体的にご紹介します。

  1. スチュワードとは版来、執事・財産管理人を指す言葉。他人から預かった資産を、責任をもって管理運用する人のこと。受託責任者。
  2. リーダーが部下に奉仕して支援することで、部下の自主性を引き出し、チームとして目標を達成していくリーダーシップのスタイル
  3. プロジェクトの性質に合わせた方法論の適用。
  4. 物事の全体像を捉え、要素間のつながりを分析して問題解決を目指す思考法。

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