前回の記事では「プロジェクトとは何か?」という基本的な疑問について、身の回りの例を交えながら解説しました。今回は、現代のプロジェクトマネジメントにおいて非常に重要な指針となる 『PMBOK®ガイド 第7版』 について、その概要と重要な変化点をご紹介します。
『PMBOK®ガイド』は、PMI1が発行している、プロジェクトマネジメントの知識体系をまとめたガイドブックです。世界中の多くのプロジェクトマネジメントの実務家や研究者によって培われた知識やベストプラクティスが集約されており、プロジェクトを成功に導くための羅針盤のような役割を果たします。
『PMBOK®ガイド 第7版』の全体像
『PMBOK®ガイド』は時代の変化に合わせて内容が改訂されており、2025年現在の最新版がこの第7版です。この第7版は、従来の版からいくつかの重要な点で大きく変化しています。
まず第7版は「PMBOKガイド(A Guide to the Project Management Body of Knowledge)」と「プロジェクトマネジメント標準(The Standard for Project Management)」の2つの主要な部分で構成されています。
PMBOKガイド
プロジェクトマネジメントの実務において考慮すべき8つのプロジェクトパフォーマンスドメイン(遂行領域)を提示し、それぞれの領域における活動の焦点や期待される成果について解説しています。これは、実践のための「地図とコンパス」のような存在です。特定の「型」を押し付けるのではなく、プロジェクトの状況に合わせて最適な方法を選ぶ(=テーラリングする)ことを重視しています。
プロジェクトマネジメント標準
プロジェクトに関わる全ての人々が共有すべき12のプロジェクトマネジメント原則を定義し、行動や意思決定の指針となる考え方を示しています。これは、プロジェクトマネジメント界の「憲法」のような存在です。これは、アメリカの国家規格(ANSI標準)としても認められています。
このように、第7版は、具体的な活動領域と、それを導く原則という、両方の側面からプロジェクトマネジメントを捉えることができるようになっています。
プロセスベースから原則ベースへ
これまでの「PMBOK® Guide」の主な特徴の一つに、「プロセスベース」という考え方がありました。これは、プロジェクトを成功させるために必要な様々なプロセス、そしてそれぞれのプロセスにおけるインプット(Input)、ツールと技法(Tools & Techniques)、アウトプット(Output)を詳細に定義し、それらを適用することでプロジェクトを管理するというアプローチです。
しかし、第7版では、この「プロセスベース」から 「原則ベース」 へと大きく舵を切りました。
原則ベースのアプローチ は、プロジェクトの状況や特性は一つとして同じものはないという認識に基づき、普遍的に適用できる12の原則を提示することで、プロジェクトマネージャーやチームがそれぞれの状況に合わせて柔軟に対応できるようになることを目指しています。これらの原則は、プロジェクトを進める上での基本的な考え方や倫理観を示すものであり、具体的なHow-to(方法論)を提供するものではありません。
この変化の背景には、技術革新の加速、新しい開発アプローチの登場(例えば、アジャイルやハイブリッドなど)、そして市場の変化のスピードがますます速くなっている現代において、画一的なプロセスだけでは対応しきれないという認識があります。
成果物からプロジェクトの成果へ
もう一つの重要な変化として、「PMBOK® ガイド 第7版」は、単にプロジェクトの 「成果物(Deliverables)」 を完成させることだけでなく、それによってもたらされる 「プロジェクトの成果(Outcomes)」 により深く焦点を当てています。
- 成果物とは、プロジェクトの活動によって生み出される具体的な製品、サービス、または結果のことです(例えば、新しいソフトウェア、建設された建物、実施されたトレーニングなど)。
- プロジェクトの成果とは、これらの成果物が利用されることによって得られる最終的な結果や、組織やステークホルダーにもたらされる価値や利益のことです(例えば、業務効率の向上、顧客満足度の向上、市場シェアの拡大など)。
第7版では、プロジェクトを始める目的は、単に何かを作り出すことではなく、その成果を通じて 価値(Value) を生み出すことであるという考え方を強調しています。プロジェクトマネージャーやチームは、常にこの「価値」を意識し、プロジェクトの意思決定や活動を「成果」に結び付けることが求められます。
その他の重要な変更点
上記以外にも、『PMBOK®ガイド 第7版』には以下のような重要な変更点があります:
- あらゆる開発アプローチを網羅的に扱う:予測型(ウォーターフォール)、適応型(アジャイル)、ハイブリッド型など、様々なプロジェクトの進め方に対応しています。
- テーラリング 2の重視:プロジェクトの特性や状況に合わせて、プロジェクトマネジメントのアプローチやプロセスを適切に 適応(調整)させることの重要性を強調し、そのための指針を提供しています。
- モデル、メソッド、アーティファクトのセクションを新設:プロジェクトマネジメントで活用できる様々な ツールや技法 を体系的に紹介しています。
- PMIstandards+™との統合:PMIが提供するデジタルプラットフォームとの連携により、常に最新かつ実践的な情報にアクセスできるようになりました。
- システム思考(Systems Thinking)の導入:プロジェクトを、より大きな組織や環境との関係性の中で捉え、価値提供システム(System for Value Delivery) という視点から理解することの重要性を説いています。
まとめ
『PMBOK®ガイド 第7版』は、過去の版からの重要な変化を踏まえ、現代の複雑で変化の激しいプロジェクト環境において、プロジェクトを成功に導くためのより柔軟で本質的な指針を提供するものへと進化しました。プロセスに縛られるのではなく、原則に基づき、成果を重視し、状況に合わせて適応する。これらが第7版の重要なキーワードと言えるでしょう。
次回の記事では、この『PMBOK®ガイド 第7版』の中核をなす 「プロジェクトマネジメント標準」 について、詳しく解説していきます。